昨日を越えるための手

「耳をそば立てる」という言葉がありますね。私たち手仕事の職人にとって、それを「指先をそば立てる」と言い換えても良いかもしれません。仕事をするとき、それぞれの指先がセンサーのようになり、細かな感覚をキャッチしている――そう無理矢理言葉にすれば、そんな風に表現できるでしょうか。

私の先輩が、ふとこんなことを言いました。
「いつになったら、仕事がうまくなるかね。」
50年近いキャリアを持つ大ベテランの言葉です。その言葉を聞くたびに、私は自然と謙虚にならざるを得ません。こんなにも長く仕事に向き合い続けた人がなお、そう感じているのだと知ると、自分なんてまだまだだと思わずにはいられないのです。

でも、だからこそ、少しでも良いものを作りたい。昨日の失敗を越えて、今日もっと良いものを生み出せるかもしれない。その繰り返しが、仕事というものの本質なのではないでしょうか。そんな思いで取り組むと、胸の奥、へそのあたりがぎゅっと力が入るような感覚になります。大げさに言えば、お腹を壊してしまいそうなくらい。でも、大げさにならずとも、一つ一つの仕事に丁寧に向き合うこと。そして、仕事に惚れること――これこそが、仕事を上達させる最良の道なのかもしれません。

職人たちの手元を見ていると、そこにはたくさんの人生が凝縮されているように感じます。年輪のように重ねられた経験、ひとつひとつ積み重ねられた挑戦。それらが彼らの指先に、動きに、そして作品に刻み込まれています。

長々と話してしまいましたが、私にとって「職人の手元」というのは、ただ作業をしているだけではない、特別な意味を持ったものなのです。それは言葉では説明しきれない魅力が詰まった、まるで物語を読むような感覚にさせてくれるもの。私が惹きつけられてやまないのは、そんな手元に秘められた静かなエネルギーなのだと思います。